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議会広報広聴

第1章 住民との関係づくりが究極の議会改革

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地方分権の進展するなかで、これからの自治体運営は自己決定と自己責任を基本としながら、住民の参加と協働がより強く求められる。これまで自治体の運営は「首長優位」で推移し、議会は“脇役”におかれてきたが、議会が本来持っている役割や機能の発揮いかんで、自治体の進路を左右する時代ともいわれる。

これまでの議会には、審議のセレモニー化、慣例踏襲主義、首長と議会のなれ合い、議員の不勉強、議員による政務活動費の不正使用や議会内外での不適切発言など議会みずから、その信頼を失墜させる事件や対応も少なからず存在してきた。そのため、昨今では多くの住民が、議会が意思決定機関としての役割を十分に果たしているとは認識することなく、“自治体議会不要論”まで聞かれるようになった。この不要論は、議会が民意を反映できず、住民からの支持が失われ、その正当性さえ揺らいでいる点にあるといえる。言い換えれば、代表制そのものへの不信感が高まってきているともいえる。

1.1 代表制を機能させるために

(1)代表制がかかえる限界

私たちは日常生活に忙しくて、政治に常に関わることができない。したがって、地域の運営を直接民主政で行うことは不可能である。そこで登場したのが代表制である。しかしながら、この代表制の登場は、直接民主政の抱える難問を解決したが、同時に「代表とは何か」という別の難問を生み出したといわれる。この難問は本来的に代表制が抱える以下の限界に由来する。すなわち、①地理的な距離と心象的な距離がもたらす「疎隔感」、②時間の経過とともに新たな争点が顕在化してくるという「争点の変化」、③争点ごとに代表がなされているわけではないという「争点の非代表性」、④代表される集団の内部には必ず意見の違いがあるという「意見の複数性」というものだ。身近な問題として考えてみても、議員と親しい関係を持っている市民は少ないだろうし、地域には次々と解決しなえればならない問題が発生している。また、当選した議員がもつ問題意識が地域のあらゆる課題を網羅しているわけではないし、有権者の間においても問題意識には大きな隔たりがあるのが通常である。つまり、市民はこのような代表制の限界を克服できておらず、「代表とは何か」に対する回答を手に入れてはいないのである。

このような状況を踏まえて、代表制は「理論的には不可能性を帯びているが、実践的に必要とされているがゆえに、存続している」ものであり、「本来できないことを世の中の約束事として、そう見なそう、という工夫(からくり)」のうえに成り立っているともいわれる。

(2)代表制への信頼を積み重ねる

それでは、この工夫とは誰の、どのような工夫なのであろうか。それは、住民と住民の代表である議員の双方に求められるものと考えられる。
まず、議会にとっての工夫とは何か。そのひとつが住民の声を積極的に聴きながら議会活動を積極的に公開する広報広聴活動である。昨今の議会に対する不信感は、議会活動そのものが地域住民に伝わっていないことが原因のひとつと考えられる。議会活動を伝える広報広聴活動はそもそも議会と住民との信頼関係の構築を目的とするものであるから、住民の声を聴かず、情報を積極的に公開しないという姿勢は相互の信頼構築という観点からすればマイナスでしかない。議員による政務活動費の不正使用は論外である。他方、住民側にとっての工夫とは何かといえば、やはり投票するという行為が重要な工夫と考えられる。地域の政治や行政に関心が低くても、忙しい生活のなかであっても投票するという行為が、議会と住民との相互の信頼関係の構築には重要であり、投票しないという行為は信頼構築という観点からすればマイナスでしかない。議会による広報広聴の不調や投票率の低調は、議員と住民の双方の努力不足が導いた結果とはいえないだろうか。
議会による広報広聴活動が不十分だから情報不足、関心不足になり投票に行かないのか、投票率が低いから、議会が活性化していないのか。その因果関係は明らかではないが、いずれにしても不可能性を持つ「代表制」を機能させるために双方が工夫することが必要であり、双方の努力があってはじめて代表制は信頼できる仕組みになり得るし、本来できないことを約束事にすることができるのである。昨今の議会改革においても、この議会広報広聴が注目されている理由はここにある。

1.2 自治体広報広聴の本質と理念

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